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2012年2月29日水曜日

2012.2.28 カルナバルっていう行事

Carnaval(カルナバル)  って、英語だとCarnival(カーニヴァル:お祭り)。カーニバルって聞き覚えありますよね。

語源はCarne(カルネ)っていう言葉で、「肉」の意味。で、もともとは、断食の前にする『謝肉祭』って言うのが本当の意味なんだそうです。※実際、カルナバルの翌日は肉を食べませんでした。これは断食まではしないけど、せめて肉類は食べないっていうことで、その形式・伝統を維持しようとしているみたいです。

ブラジルのリオのカーニバルなんかもその一つ。盛大にパレードなんかをして楽しむようです。南米では、それぞれ形は違えど、それぞれの「カルナバル」があり、人々は大いにお祝いするんです。学校なんかも土日を含めて5日くらいはお休み。

そんなカルナバル。じゃあ、エクアドルのリオバンバでは何をするのか?というと、パレードなんかは小規模ながらあるのですが、それとは別に・・・

★色の着いた小麦粉
★水・水風船
★『カリオカ』っていう石鹸ベースのムーススプレー
★卵
★顔料

なんかを町中で投げ合い、かけ合うんですね~。

カルナバル初日は高校生や中学生が街中に出て、投げ合うのが慣例。街には頭に割れた卵を乗せ、顔には赤やら紫やらの色が付き、水びだしで小麦粉の粉が付いた若者が、ゾンビのようにたむろしていました。道行く若者(暗黙のルールで、年配・幼子にはかけないっていうのがある)を見つけると、そのゾンビたちは、本当にゾンビのように群がり、手に持つ得物を投げつけ、さらなるゾンビを作っていきます。


これはね、怖かった。


 このカルナバルの前に、色々な人から「リオバンバ市のカルナバルについて」という話を聞いていました。しかし、これほどまでとは思わなかった・・・。仕事に行く途中で目撃したんですが、本当にビビって、すぐにタクシーに乗ってしまいました。写真が無くて、映像で伝えられないのが本当に残念です(なぜなら、カメラを向けると攻撃されて、カメラが危機にさらされるから)。

こういう状況なら、準備をしっかりして、中に入って一緒にゾンビになって遊びたかったなぁ・・・

で、翌日、油断して歩いてたら・・・

 こんな感じ。これがカリオカ。石鹸ベースのムース。見ず知らずの若い女の子に、やられました。
また別の時には、すれ違う車から、いきなり水が飛んできたり。卵はありませんでしたが…。


また、街の大通りにはこのように
小さいトラック(ピックアップ・バン)の荷台に若者が乗り、行き交う通行人(若者)に水を投げたり、他の車の荷台に乗っている者同士が水をかけ合うっていう、ゲリラ攻撃を繰り広げていました。

油断して歩いていたら、急にどこからともなく水が飛んできて、水びだし・・・

腹立つな~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (-_-メ)

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・・・・・・・・・・・ということで、同じ敷地に住む、マリアの甥っ子のセバスティアン隊長(11歳)指導の元、我が家のピックアップ・バンに水を大量に積み込み・・・
安全を確認し
 出陣!!
カルナバル最終日は、ゲリラ攻撃をする側に回りました。


 最初は無抵抗な歩行者に、いきなり水をかけることにはかなりの抵抗があったんですが、隊長(11歳)の

「Vamos Kazuhiro!(やっちゃいなよ、カズヒロ!)」という指令の元、バンバンかけまくりました。 

かけてみると、笑いながら逃げまどう通行人たち。これが楽しいんだな~~って、実感しました。
ゲリラ攻撃をしているところが写真に収められないのが、本当に残念ですけどね。

 でも、攻撃するだけではなく、行き交う同業者とも、突然交戦しなければなりません。また、2階や3階の窓から、バケツに入った水や水風船を落としてくる世帯も。常に攻撃にさらされながら、人々を攻撃するっていう、カオス(混沌)ぶり。

 いつもは大人しくて、ちょっと小太りで、おっとりした心やさしいセバスティアン隊長(11歳)も、この時ばかりは鬼将軍で、

隊長「カズ、あそこに水を投げて!!!」
カズ「もう寒いよ~、水がなくなるよ~、帰ろうよ~~」
隊長「そんなの関係無いから!!水を補給して、もう一回街に出るよ!!!!」

てなぐあいで、鬼将軍(11歳)大奮闘。一度帰還し、水を補給し、我が家の兄のパトリシオ2等兵(36歳)をも強引に召集し、強引に加勢させる。また、小生(34歳)の体力を、思う存分、手足のごとく使う、恐ろしいリーダーシップぶり。

※兄パトリシオ(36歳)も、ここまでやる気のセバスティアンは、今まで見たこと無かったのだとか。

 結局彼は、家と大通りを2往復(実質2時間)して水をかけまくる(かけられまくる)っていう、ゲリラ作戦を指揮し、展開したのでした(運転していたのは、パパのウィルソン。彼も隊長のいいなり)。

 そして、2回目の実弾(水)がなくなりそうになると、隊長(11歳)が「帰ろう」と言いだしたので、まぁ最後はよくわからんハイテンションで家に帰り・・・

お決まりの、内部抗争が勃発。
ま、ただの水遊びですな…

ということで、こんな「カルナバル」レポートでした。

ではまた。本日が最終勤務日です。

2012年1月12日木曜日

2012.1.11 クリスマスってこんなんでっせ

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

年末年始は色々と忙しく、ブログ更新できませんでした…。親戚・家族の皆さま、すこぶる元気ですよ。


さて、ちょっと過ぎましたが、こっちのクリスマスはね…


こういう飾り付けを、10日前くらいからします。で、家庭のみならず・・・

普段、働いているところでも、別会場を貸し切り、クリスマスパーティーが行われ… 
 Carril 4(カリール・クワトロ)という、別の職場でもパーティー。
 プレゼント交換会なんかは、日本でもよくやりますが・・・ 交換した後は・・・



ハグ
 ハグ・ハグ
 一番そういうのが恥ずかしそうな13・14歳でもしております。文化ですね~~


で、実際のクリスマス・イブでは、我がRuiz家一同が、一番広い家を持っている兄弟の家に大集合し・・・
 踊って踊って
 踊って踊ります。


午後7時くらいに集合して、とりあえず踊って、踊りながらキツ~いウイスキー飲んで・・・

夜12時、25日のクリスマスになった瞬間!!!

みんなで「フェリース・ナビダード(ハッピーメリークリスマス)」といいながら、やはり・・・

ハグ

ハグ・ハグ
こんなんなんですね~~。(もちろん、言うに及ばず私もさせていただきましたよ。)



で、さらに踊って、深夜の2時くらいから、別室のロウソクだけついてる部屋で、夕食(朝食?)

 もちろん、ごちそう・・・
・・・・・・・・食べれるかいな。完食したけど。ちなみに、七面鳥らしいです。

とまぁ、こんな本場(?)のクリスマスレポートでした。
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さて、残り任期もあとちょっと。1月18日には、首都のキトで、JICAボランティア活動の中間報告会が開かれ、私もそこで発表することになりました。また、スペイン語……

シリアでは、やる直前に退避になったので、実は私は一度もやっていないという…。やらなくていいもんやと思っていましたが、帰国直前で”中間”報告会とはね・・・。

もうええやん??と思ってしまいますが、ま、準備は着々と進んでおります。また終了したら、レポートします。

ではまた。74.5㎏  帰国まであと2ヶ月と9日

2011年11月12日土曜日

2011.11.11 チンボラソ山

家の近所(とはいうものの、50kmくらいのところ)に、チンボラソ山(標高6310m。父ウィルソン曰く)があります。そこに先週末遊びに行きました。



  なんでも、地球の中心から頂上までの距離は、エベレストよりもあるのだとか。
※なぜなら、地球は少しだけ楕円球型だから。この説明じゃ分からないと思うので、ご自身で調べてください。


  とはいうものの、頂上目指そうと思ったら、酸素ボンベ積んで、テント持って、キャンプ張って、みたいな本格登山になるので、「第2避難所」っていう所まで(それでも標高5000m)。

 そこから、自転車で標高3000mまで(道程23km)下っていくっていう、ツアーです。

遠目から見るとこんな感じ

 リオバンバの(標高2750m)そういうお店で、準備をし…


車に乗って、チンボラソへ!

行く途中の車窓から。降りてこうして写真を撮って…


 
こういうワゴン車に、自転車積んでいくわけです。


もうちょっと、登ったところ。草花が少なくなってきます。

 これら、ビクーニャといいまして、ラクダの仲間なんですと。昔は高級毛皮に使われていたそうですが、数が減って、特別保護動物になっているのだとか。車で誤ってひいてしまっても、いけないのだとか。



これが、4000m付近。雪が残ってます。


 
これが、第一避難所。ここの手前(標高4600mくらい)から山登り。ここで少し休憩して、、ゴールの第2避難所まで登り切ります。。。。。が・・・・
 左が少しのぼったところから、第一避難所を撮った写真
右は、下から、第二避難所を撮った写真

第二避難所、見えてるんですけどね。


この標高差200m(道程1000m)が、本当にきつかった。


 本当に、数歩歩いただけで、息が切れると言うか、全身が動かないというか。頭も多少痛いし、空気が薄いっていうのは、こういうことなんだな~~って、実感しました。十数m歩いては、少し休むっていうことを繰り返し、1時間ほどかけて登り・・・



着きました。第2避難所。まぁ、休日だったので、人でごった返していました。



これが、避難所のベッド。やっぱり、本格登山者用にあるのだそうで。こんなのも、見たのは初めて。日本の富士山すら登ったことのない私。こういうのもを見て、感動するのでした。

で、また第一避難所にもどって、こういったランチを食べ…



自転車特殊装備に着替え、山下り!!!

 
4000m台は、何にも草木が生えてないんですが・・・

やはり、下るごとに、草木が増え、動物もおり、

ゴール手前はこんな感じ。かなり青々としてきます。



最後はみんなで記念写真

あの、最後の標高5000mに至るまでの標高差200mが異常にキツかった…。でも、あとは自転車で下るだけの23キロなので、気持ちよく楽しめました。

ちなみに、一緒に行ったアメリカ人観光客は、みんな60歳オーバー。元気だわ…


 最後は、標高5000mでのサービス動画。

『ロッキー4』をイメージしてみてもらうと、迫力あると思います。



寒かった(色々な意味で)…

「エイドリアン」の方が良かったか?? 

ではまた。

2011年11月4日金曜日

2011.11.3 パンを作る習慣があるそうで。

今日は文化紹介のみ。オチ無いですよ。

  11月2日は、「死者の日」。お亡くなりになったご先祖様を弔う日なんですと。

  で、何をするかというと、お墓を訪れたり、ご長男の家に詣でたりと、日本のお盆のイメージそのまま。何が違うかというと…



まず、どこの家庭でも作る、「コラダ・モラダ」っていう紫色の飲み物を作ります。中身は、パイン・ババコ(フルーツです)・クランベリー・そして、紫トウモロコシの粉。とっても美味しい。
そして、本命のパンなんですけど、



 こんな感じで、みんなで作る。ちなみにこの子たちは生徒たち。大きなお屋敷の生徒の家に集合して、みんなで練り練り。



これは、そのお屋敷の敷地内にある、個人オーブン。すごいよな~

  我が家にはそんなオーブンが無いので、パン工房みたいなところへ行き、貸しオーブンで、



こんな風に焼いてもらい、


焼きあがりはこんな感じ。



で、焼きあがったパンのアップ写真を撮り忘れるっていう、まぁ、初歩的なミスをしてしまったのでした・・・。


  みんなで作るっていうところが、なんとなく日本には無いな~っていう感じで、楽しかったです(^-^)


ではまた。