2012年2月29日水曜日

2012.2.29 最終勤務日

本日は、最終勤務日でした。

この子達は実際に教えていた生徒たち。もっといますけどね。この日はあまり来てなかった・・・。
更衣室の雰囲気
コーチ陣。色々ありましたが、本当に感謝しています。
この子達は間接的に教えていた(コーチに指導しつつ教えていた)生徒たち。
技術指導・助言だけしてた生徒たち。


 同じく。



そして最後はこんな風な手荒い儀式を受け・・・
こんな顔になりました・・・

そんな最終勤務日でした。

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  直接、指導していない生徒たちには、この日のことを事前に言っていましたが、直接指導していた初心者たちには、言っていませんでした。で、伝えたら、彼らは異常に寂しがり、うれしいやら複雑やら。

その保護者たちからも「なんで言わなかったの!!!???」と叱られ、急遽、送別会を開いてもらうことに・・・。

自分の中では、そこまで寂しがってもらえるとは思ってもおらず、急に別れが寂しくなってきたのでありました。

本音を言うとね、シリアと比べて、やっぱり思い入れも少なかった(もちろん、一生懸命してきましたが)ので、まさか、こんなことになろうとは・・・、といった感じです。うれしい限りです。

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自分自身が、本当に、大げさではなく、人生の大部分の、時間と情熱をかけてきた「水泳」。

それを通じて、こんな風に、国境を越えて交流できるとは。

任国(エクアドル・シリア)のために、どれほど貢献できたかといえば、それはまだまだわかりません。

でも、指導した生徒たちや、指導のお手伝いしたコーチたちが、今後、どうなっていくのかが本当に楽しみです。

いつか、また何年後かに会ってみたいものです。

ということで、協力隊としての活動は終わり。明日からガラパゴス諸島に、最後の旅行に行ってきます。おそらくそのレポートで、このブログは最後になるでしょう。それもまた、少し寂しいものですが・・・。

ではまた。

2012.2.28 カルナバルっていう行事

Carnaval(カルナバル)  って、英語だとCarnival(カーニヴァル:お祭り)。カーニバルって聞き覚えありますよね。

語源はCarne(カルネ)っていう言葉で、「肉」の意味。で、もともとは、断食の前にする『謝肉祭』って言うのが本当の意味なんだそうです。※実際、カルナバルの翌日は肉を食べませんでした。これは断食まではしないけど、せめて肉類は食べないっていうことで、その形式・伝統を維持しようとしているみたいです。

ブラジルのリオのカーニバルなんかもその一つ。盛大にパレードなんかをして楽しむようです。南米では、それぞれ形は違えど、それぞれの「カルナバル」があり、人々は大いにお祝いするんです。学校なんかも土日を含めて5日くらいはお休み。

そんなカルナバル。じゃあ、エクアドルのリオバンバでは何をするのか?というと、パレードなんかは小規模ながらあるのですが、それとは別に・・・

★色の着いた小麦粉
★水・水風船
★『カリオカ』っていう石鹸ベースのムーススプレー
★卵
★顔料

なんかを町中で投げ合い、かけ合うんですね~。

カルナバル初日は高校生や中学生が街中に出て、投げ合うのが慣例。街には頭に割れた卵を乗せ、顔には赤やら紫やらの色が付き、水びだしで小麦粉の粉が付いた若者が、ゾンビのようにたむろしていました。道行く若者(暗黙のルールで、年配・幼子にはかけないっていうのがある)を見つけると、そのゾンビたちは、本当にゾンビのように群がり、手に持つ得物を投げつけ、さらなるゾンビを作っていきます。


これはね、怖かった。


 このカルナバルの前に、色々な人から「リオバンバ市のカルナバルについて」という話を聞いていました。しかし、これほどまでとは思わなかった・・・。仕事に行く途中で目撃したんですが、本当にビビって、すぐにタクシーに乗ってしまいました。写真が無くて、映像で伝えられないのが本当に残念です(なぜなら、カメラを向けると攻撃されて、カメラが危機にさらされるから)。

こういう状況なら、準備をしっかりして、中に入って一緒にゾンビになって遊びたかったなぁ・・・

で、翌日、油断して歩いてたら・・・

 こんな感じ。これがカリオカ。石鹸ベースのムース。見ず知らずの若い女の子に、やられました。
また別の時には、すれ違う車から、いきなり水が飛んできたり。卵はありませんでしたが…。


また、街の大通りにはこのように
小さいトラック(ピックアップ・バン)の荷台に若者が乗り、行き交う通行人(若者)に水を投げたり、他の車の荷台に乗っている者同士が水をかけ合うっていう、ゲリラ攻撃を繰り広げていました。

油断して歩いていたら、急にどこからともなく水が飛んできて、水びだし・・・

腹立つな~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (-_-メ)

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・・・・・・・・・・・ということで、同じ敷地に住む、マリアの甥っ子のセバスティアン隊長(11歳)指導の元、我が家のピックアップ・バンに水を大量に積み込み・・・
安全を確認し
 出陣!!
カルナバル最終日は、ゲリラ攻撃をする側に回りました。


 最初は無抵抗な歩行者に、いきなり水をかけることにはかなりの抵抗があったんですが、隊長(11歳)の

「Vamos Kazuhiro!(やっちゃいなよ、カズヒロ!)」という指令の元、バンバンかけまくりました。 

かけてみると、笑いながら逃げまどう通行人たち。これが楽しいんだな~~って、実感しました。
ゲリラ攻撃をしているところが写真に収められないのが、本当に残念ですけどね。

 でも、攻撃するだけではなく、行き交う同業者とも、突然交戦しなければなりません。また、2階や3階の窓から、バケツに入った水や水風船を落としてくる世帯も。常に攻撃にさらされながら、人々を攻撃するっていう、カオス(混沌)ぶり。

 いつもは大人しくて、ちょっと小太りで、おっとりした心やさしいセバスティアン隊長(11歳)も、この時ばかりは鬼将軍で、

隊長「カズ、あそこに水を投げて!!!」
カズ「もう寒いよ~、水がなくなるよ~、帰ろうよ~~」
隊長「そんなの関係無いから!!水を補給して、もう一回街に出るよ!!!!」

てなぐあいで、鬼将軍(11歳)大奮闘。一度帰還し、水を補給し、我が家の兄のパトリシオ2等兵(36歳)をも強引に召集し、強引に加勢させる。また、小生(34歳)の体力を、思う存分、手足のごとく使う、恐ろしいリーダーシップぶり。

※兄パトリシオ(36歳)も、ここまでやる気のセバスティアンは、今まで見たこと無かったのだとか。

 結局彼は、家と大通りを2往復(実質2時間)して水をかけまくる(かけられまくる)っていう、ゲリラ作戦を指揮し、展開したのでした(運転していたのは、パパのウィルソン。彼も隊長のいいなり)。

 そして、2回目の実弾(水)がなくなりそうになると、隊長(11歳)が「帰ろう」と言いだしたので、まぁ最後はよくわからんハイテンションで家に帰り・・・

お決まりの、内部抗争が勃発。
ま、ただの水遊びですな…

ということで、こんな「カルナバル」レポートでした。

ではまた。本日が最終勤務日です。

2012年2月25日土曜日

2012.2.24 日の丸・君が代


----以下引用----
公立学校の教職員に君が代の斉唱の際の起立を義務づけた大阪府の条例が施行されて初めてとなる卒業式が、32の府立高校で行われました。
大阪府教育委員会によりますと、6校で合わせて8人が起立しなかったということで、教育委員会は厳正に対処したいとしています。


大阪府では、去年6月、公立学校の教職員に対し、卒業式や入学式などの学校行事で君が代を斉唱する際、起立することなどを義務づける全国で初めての条例が施行されました。
大阪府内の公立学校は小・中学校や高校などおよそ1700校に上り、大阪府教育委員会は、条例の施行後、初めてとなる卒業式を前に、先月には、府立の学校の教職員に対し、条例を順守するよう職務命令を出していました。
こうしたなか、府立高校の卒業式が24日から始まり、この日は、32校で式典が行われました。
大阪府教育委員会によりますと、このうち6校で合わせて8人の教職員が君が代の斉唱の際、起立しなかったということです。
教育委員会は「事実関係を把握したうえで厳正に対処したい」としています。
大阪府議会では、この条例とは別に、同じ職務命令に3回違反したうえで、改善の見込みがない教職員は免職の対象となることを盛り込んだ条例案が審議されています。

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協力隊に参加する前は、この問題って、私の中では結構どうでもよかった。というか無関心。ま、私は現役時代、日本代表になりたかったし、君が代を歌うっていうことは憧れでもあったから、歌いますけどね、みたいな感じ。


でも、今となっては、この条例に大賛成。橋下市長とか、石原知事の考え方に完全に同意。


「国際人」っていうか、海外で活躍してる日本人で、日本を誇りに思ってない人はいないと思う。また、シリアで特に感じたけど、「日本人」っていうだけで、すごく特別扱い(いい意味の)を受けたり、尊敬されたりしたんです。


それっていうのは、今まで海外で活躍してた日本人が残した足跡の「徳」のお陰。日本では当たり前にするお辞儀であったり、礼儀作法であったり、使った後にキレイに片付けることであったり、相手の意見を尊重することであったり・・・

  で、海外では「国旗掲揚・国歌斉唱」時に『起立・脱帽』は当たり前。逆に、その時間に座ってたり、違うことしたりしたら、下手すれば警察に注意されたりします(現地人なら連行される。シリアだけじゃないですよ)。

 だからね、日本に対する「誇り」を若い世代に持たせることは、「国際人」を育てることにつながるわけです。さらに、「国際的スタンダード」を身に付けさせることでもあるわけですよ。


 昔はそれが、即「軍国主義復活につながる」なんていう論調が主流でした。しかし、時代が違う。日教組って、やっぱり今はもうズレてると思う(組合入ってなくてよかった~)。

また、いくつかの新聞社が、このことに関して少し批判的な論調で書いていますが、それも理解に苦しむ。

 イデオロギー的なことは、個人の信条の自由だから、各教員が、思う存分自由に考えてくれたらいい。

 しかしながら、なんせ、国民の税金で運営してる公立学校ですからね。国益にかなう人材を育てることを最優先に考えるべきでしょう。

ではまた。

2012年2月19日日曜日

2012.2.19 新聞に載っちゃった


載りました。この前ブログで書いた『最終報告会』のことなんですけどね

そういや写真撮ったし、報告会の時もカメラ持った人、おったわ…。


そんな感じで報告だけ。ではまた。

2012年2月18日土曜日

2012.2.18 最終報告会

日本のスイミングスクールには、「進級制度」ってあるでしょ?一般的に。

こんな感じで、水泳帽に各級のワッペン付けて・・・
級が上がるごとに、ワッペンが増えて、1級を卒業する試験(100m個人メドレーだったり200m個人メドレーだったり)を突破すると、賞状がもらえたり。


 ま、これって、保護者にもわかりやすいし、習っている子どもたちも、次何が出来たら、次のワッペンもらえるかっていうのが、明確にわかる。さらに、教えているコーチも、どの子がどの級にいるか(どの指導段階にいるか)が一目瞭然でわかる。


メリットだらけなんですよ。


こっちにきて、早、半年間。ブログでお伝えしてきた通り、コーチたちに色々と指導のノウハウを教えたり、道具やら開発して指導の効率性を高めたり、生徒の安全性を確保したり・・・といったことをしてきました。でもね、生徒が辞めていくんですよ。正確には、「来なくなる」というか・・・。

その生徒の「継続意欲」を高めるにはどうしたらいいのかな?とまぁ考えていたんですが、行きつく先は、やはり日本では一般的な、「進級システムの導入」でした。

結構、子どもたちは、このワッペン欲しさに頑張るんですよね。親たちも、「せめてクロールまで覚えさせたい」とか「1級合格して卒業までは…」みたいな感じで、続けさせる動機になるわけです(親の送迎が無いと、子どもは来れないから、彼らの継続意欲も非常に大切なのです)。


じゃあ、ここの現状は?と言うと、一応漫然とバタ足からクロール・背泳ぎを教えて、それらがうまく泳げるようになった子どもたちは、平泳ぎ・バタフライを教えるっていう順序をたどります。
で、一応のクラス分けもなされていますが、子どもたちからよく出る質問が

「いつになったら次のステップに移れるの?」というものです。クラス分けの意図・基準が明確じゃないから、子どもたちは疑問を感じる。
 さらに私たちコーチでさえも、誰が、どの段階で、どの子を進級(というか次のステップ・クラスに)行かせるかっていうことを、明確に決めてない。だから本当にテキトー。そこを改善して行きたいなぁ…と常々思っていました。

 また、最大の問題点は、才能のある4歳児・5歳児が結構辞めていくんです。これは、本当に問題で、彼らに早いうちから「素敵な4泳法」を教えて、キックをバンバン鍛えると、今のエクアドルの学童記録なんかどんどん突破してくると思います。そんな可能性のある幼児たちは、ゴロゴロいるんです。

 でも、その子たちの継続意欲を維持させれていない。だから辞めちゃう。よって・・・・・・・・・・・・・・・
最近開催された「最終報告会」にて、そんなことを熱く語ってきました。

そして『私の後任とその「進級システムの導入」に是非とも取り組んでほしい!』とぺティルーとパトリシア始め他の同僚にも、連盟会長の前で伝えることが出来ました。やっとこれを伝えられる段階まで来たというか…。ま、「言うだけタダ」みたいなノリで言ってきました(^-^)
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そんなこんなで、会長に褒めてもらい、記念の連盟Tシャツもらい、

私の後任ボランティアを受け入れてもらうことを約束し、平和に、滞りなく終わりました。








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この『進級システム導入』は、キャップの用意からワッペン作成・会員管理システム構築まで、かなりボリュームのある仕事。指導者マニュアルも必要だろうし(これはパトリシアと作って、彼女が今一人で活用してますが)、合格判断基準も整備しないといけない(これも、モデル(見本)は作成し、みんなに提示しましたが)。

また最大の難関は、この「進級システムの導入」の有用性をみんなに理解させ、目的・目標を共有しないといけないこと。

あと1年あったら、やり切れたかなぁ…。

 まぁ、足がかりは作ったつもりなので、後任に期待するのみです。

 誰が後任になるかわかりませんが、そういうことが出来る(経験のある)人が、後任として来てくれたらいいなぁ・・・と、神に祈るのみです。後任に決まった方には、是非ともこのブログを読んで、参考にして頂きたいなぁ・・・。A dios!!

 ということで、勤務は残り2週間となりました。しんどかったけど、こう迫ってくると、寂しくなりますね。

 ではまた。74.0kg

2012年1月30日月曜日

2012.1.30 ルーツってのを考える

この2年間のルーツを振り返って。


 この協力隊に参加したいな~って思ったのは、かれこれ5年弱前。生徒をJICAの国際交流センター(?)みたいなところに、国際理解学習の校外学習に連れて行ったのがキッカケ。その時に、現職教員参加制度ってパンフレットを目にして、持って帰って、そこからストーリーは始まったんです。生徒より、ちゃっかり私が影響を受けてしまった、運命の校外学習でした。


 で、それから色々とインターネットのHPとかで調べて、水泳の要請があることを知って、様々な手続きをこなし、様々な試験をスリ抜けて、今私がここにいます。


 そんなストーリーも、あと1ヶ月と少しで終わるわけですが。


 ご存じの通り(知らない人もいるでしょうが)、大学卒業後、3年間は一般企業で働いていました。スポーツクラブの運営社員。今は一部上場になっているようですが…。当時はまぁ大手のスポーツクラブって感じでした。


 そこで、スイミングスクールの社員スタッフとして、水泳のレッスンはもちろん、販促・営業・アルバイトの労務管理・研修・設備の保守管理・・・・・・なんかをやっていたわけです。


その期間がなんとも辛かった。


 そもそも、大手のスポーツクラブってアルバイトスタッフがほとんど。アルバイトだから(当たり前なのですが)結構自分の都合で休むし、辞める時はさっさと辞める。スイミングスクールのコーチっていうのは、ああ見えてもスキル(技術)がかなり必要で、初級のレッスンが一人で出来るようになるまでに、最低2ヶ月。スイミングスクール全体を見れるようになるまでには、1年半から2年はかかるんですよね。


 で、せっかく教えてモノになってきたのに、さっさと辞めたりされると、また新しいアルバイトを入れて一から研修・・・。そんな状態だと、慢性的に人出不足になるから、社員の私たちが、多い日は一日8時間近く水に入って、その後事務仕事をやって、一日それこそ16時間ほど働いて、休みは月に1~2日くらいみたいな生活をずっとしてました。


そんなのが嫌で、辛くて辛くて、結局辞めました。あと、したいこともあったからなんですけどね。給料は良かったんですが・・・。


 いや、その当時の苦労自慢をしたいのではありません。


 何が言いたいかというと、結局、嫌々ながら、命の危険を感じながらも働いてた、あの頃の経験やらスキルが、10年近くたって、めっちゃ役に立ったな~っていうことなんですよ。


 「若いころの苦労は、買ってでもしなさい」とはよく言われます。


 若い頃(今も若いが!)はそんなこと言われても、ピンとこないし、しんどいもんはしんどい。逃げ出したくて仕方なかったし、いつ辞めよう?ってことしか考えなかった。「交通事故に遭わないかな?」なんて不謹慎なことまで考えてましたから。
 まぁでも、これまた格言の「石の上にも三年」ってことで、3年間我慢して、辞めました。今となってみると、「今ならもっとうまく仕事出来たよな~。まだまだ未熟だったよな~」とは思いますよ。でも当時は無理。


 どちらかというと、思い出したくない『思い出』な訳です。

 でも、その経験のお陰で、こうして2年間、シリアでもエクアドルでも、まるで「日本から来た救世主」のような扱いを受け、ボランティア活動を充実させて頂いたわけです。


いや~~、人生は、本当に分からないもんです。

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 今、仕事とか、ボランティア活動とか、学生生活に悩みや不安を抱えている私の友人たち!頑張って、どうにかなることもあるでしょうし、どうにもならないこともあるでしょう。無力感や虚無感を感じて、辞めたい時もあるでしょう。


 ただ言えることは、 辞めるにしろ、我慢するにしろ、今している苦労というか、試練はいつか必ず、将来どこかで生きてきます!!!!!「無駄なこと」って人生には無いですから(心からそう思います)。そう思いながら、今日を生き、明日を生きてください。

そう思えたら、しんどいことも、少ししんどく無くなるでしょ?ここがポイントだと思います。

 地球の裏側からのエールが、届くことを祈ります。

 ではまた。

2012年1月23日月曜日

2012.1.22 中間報告会

今週は首都キトに上キトして、「ボランティア活動中間報告会」と言われるJICAの行事に参加し、スペイン語でプレゼンしてきました。

そもそも、「ボランティア活動中間報告会」というのは、任期の2年(私は1年9ヶ月)の、真ん中くらいの時期に行うものなのです。内容は、今現在行っているボランティア活動を、JICA関係者(ボランティア・調整員・JICA職員など)に紹介して、今までの成果や今後の課題を報告するという趣旨です。


  結構この「ボランティア・・・」は、各国で違いがあります。シリアの時は、人数の割には狭いJICA事務所で、すし詰めになりながら、JICA関係者の前だけで、日本人発表者の発表を、日本語で聞く(または発表する)、というものでしたが…。こっちでは、高級ホテルの会議室で、JICA関係者のみならず、在エクアドル日本大使館のお偉いさん、所属先の上司と所属長(エクアドル人たち。たまにどこかの市長さんとかも来る)なんかが来て、その方たちにも分かるようにしなければいけないのです。だからスペイン語なんですよ。




 まぁ、その名の通り、『中間』な訳ですから、本来は去年の中旬には終わっていなければならないモノなんですけどね。ご存じのとおり、シリアから退避した影響で、そのチャンスを失っていたわけです。


 で、エクアドルでの任期はたったの7ヶ月という短期ですので、中間発表をせずに、任期を終えることになるんだろうなぁ…と思っておりました。

ところがどっこい、「是非、やってください」との上司からのツルの一声で、やることになった訳です。お陰でここ2週間くらいは忙しかった~~

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高級ホテル(ホンマに高級)の最上階の会議室みたいなところで…

偉い人(JICAエクアドルの所長やら、エクアドル日本大使やら)も見に来ます。
そんな中でも、余裕かましてるんですけどね。 
私は、最終バッター。緊張は否めませんが・・・

 得意のパワーポイント・アニメーションと、実物を駆使したプレゼンで、精一杯してきました。ちなみにこの写真は、ブログでも紹介した、クロールの練習のための小物を作ったときのこと(2011.11.5 練習道具開発その2) 。

 ブログにも書いた、選手向けにプレゼンしたことなど(2011.11.19 初!外国語でのプレゼンテーション)も報告しました。

雰囲気はこんな感じ【動画】


 まぁ、なんせ力一杯してきました。JICA所長も日本国大使からも、直々にお褒めの言葉をいただき、気分上々(^-^)

 プレゼンテーションに関しては、サラリーマン時代に大失敗して、その後猛勉強したのと、教職に就いてから独自に勉強・実践してきたこともあり、かなり自分の中で方法論が体系化されてきました。日本帰ったら、プレゼンテーション講座とかやってみたいな~、なんてね。
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そして、その翌日は
寿司!!!
 おせち料理!!!
ということで、大使公邸で新年会。

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そして、またその次の日は、お世話になった調整員の送別会。

ま、そんな感じで、年始は忙しくしておりました。
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さて・・・残り任期もあと2ヶ月を切りました。間違ってなければあと56日。シリアを退避してから、もうかれこれ9ヶ月。早いですねぇ…。去年の今頃、誰が、1年後にエクアドルで働いていることを想像したでしょう??スペイン語を勉強するとか、本当に夢にも思いませんでしたねぇ・・・。

色々思うところもありますが、またいつかゆっくりと。

もう、仕事に関しては、新しいことはほとんど何もできないでしょう。あとは今までしてきた事や教えたことを、現地のコーチがちゃんと出来るように見守ったりすることかな~と思っています。


 そうそう!シリアのナタリーが、シリア新記録を出したのだとか!!!!なんとも素晴らしいことじゃありませんか(^-^)直接、褒めてあげたかったし、彼女の雄姿を見たかったなぁ…

 

ではまた。残り56日。

2012年1月12日木曜日

2012.1.11 クリスマスってこんなんでっせ

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

年末年始は色々と忙しく、ブログ更新できませんでした…。親戚・家族の皆さま、すこぶる元気ですよ。


さて、ちょっと過ぎましたが、こっちのクリスマスはね…


こういう飾り付けを、10日前くらいからします。で、家庭のみならず・・・

普段、働いているところでも、別会場を貸し切り、クリスマスパーティーが行われ… 
 Carril 4(カリール・クワトロ)という、別の職場でもパーティー。
 プレゼント交換会なんかは、日本でもよくやりますが・・・ 交換した後は・・・



ハグ
 ハグ・ハグ
 一番そういうのが恥ずかしそうな13・14歳でもしております。文化ですね~~


で、実際のクリスマス・イブでは、我がRuiz家一同が、一番広い家を持っている兄弟の家に大集合し・・・
 踊って踊って
 踊って踊ります。


午後7時くらいに集合して、とりあえず踊って、踊りながらキツ~いウイスキー飲んで・・・

夜12時、25日のクリスマスになった瞬間!!!

みんなで「フェリース・ナビダード(ハッピーメリークリスマス)」といいながら、やはり・・・

ハグ

ハグ・ハグ
こんなんなんですね~~。(もちろん、言うに及ばず私もさせていただきましたよ。)



で、さらに踊って、深夜の2時くらいから、別室のロウソクだけついてる部屋で、夕食(朝食?)

 もちろん、ごちそう・・・
・・・・・・・・食べれるかいな。完食したけど。ちなみに、七面鳥らしいです。

とまぁ、こんな本場(?)のクリスマスレポートでした。
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さて、残り任期もあとちょっと。1月18日には、首都のキトで、JICAボランティア活動の中間報告会が開かれ、私もそこで発表することになりました。また、スペイン語……

シリアでは、やる直前に退避になったので、実は私は一度もやっていないという…。やらなくていいもんやと思っていましたが、帰国直前で”中間”報告会とはね・・・。

もうええやん??と思ってしまいますが、ま、準備は着々と進んでおります。また終了したら、レポートします。

ではまた。74.5㎏  帰国まであと2ヶ月と9日

2011年12月24日土曜日

メキシコ旅行特別編③ 食べもの編

特別編の最終回です。

かなり前回と間が開いてしまいました。ちょっと風邪をこじらせ、治すのに時間がかかってしまった…。こういうのが、スイミングコーチの辛いところ…。

さて、では食べもの編をお楽しみください。

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街にはこういう屋台がたくさんありまして…

だいたい、こんな風にソーセージやら、豚肉やら、牛肉やら鶏肉が焼かれて、切られるのを待っております。
 で、気さくなオジサンが、トルティージャ(トウモロコシで出来た生地)を温め、そこに肉の刻んだのやら、玉ねぎやらパセリ(?)みたいなのを乗せて・・・
 出来あがったのが、メキシコ代表として名高い、「タコス」でございます。一つ5ペソ(約35円)。5個セットで20ペソ(約120円)。これでお腹いっぱい。
 で、メキシコ料理っていうのは、辛くて有名なんだけど、これだけだと、全然辛くないし、味気ない。ということで、下の写真みたいなレモンやらソースです(「サルサ」と言います。ちなみに、日本で「サルサソース」っていうけど、直訳すると、「ソースソース」。だから、ちょっとおかしいんです)。

 レモンの横の緑色の「サルサ」が、アボガドと青唐辛子のサルサ。で、赤いのがおそらくトマトと赤唐辛子のサルサ。こんなのをトッピングして…


こういう完成品を作るわけです。真ん中のピーマンみたいなのは、お酢で漬けた漬物。あんまり辛くないけど、これ自体が美味しい(^-^)
 このタコス、本当に美味しい!トルティージャ(トウモロコシの生地)は匂いに癖があって、強い風味なんですが、それを具と辛いソースとレモンが調和し合って、見事なハーモニー(^-^)日本のメキシコ料理屋さんで何度か食べたことがありますが、比べ物になりません。やはり本場。本当に美味しかったです。

ちなみに、このタコスには他にもこういう種類のモノがあり・・・
 これは、青トウモロコシの粉で作ったトルティージャの上に、チーズとほうれん草をのせて巻いたもの。敢えて写真のために開いているのですが。これもこれで美味しい。でも、肉を乗せたやつの方が、美味しい気がしますけどね。

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屋台メニューのお次は、スープ。

なんの変哲もないチキンスープで、お米が少し入っております。これ自体の味は、本当に素朴なチキンスープ。これに・・・
 またレモンやら玉ねぎの刻んだのやら、左の黄色く映っている(本当はもっと赤黒い色。見かけはラー油のよう)サルサ(ソース)を入れると、これまた何とも言えない辛美味スープになるのです。
これで、1ドル(80円)。ちょっと大きさが伝わりにくいかと思いますが、日本のどんぶりに一杯入った大きさくらい。さっき紹介したタコスの後に食べたので、本当にお腹いっぱいになりました。

屋台グルメはこれくらいにして(イヤ、もっとあるんですけど、写真に収められなかった…)、レストラングルメ。街の観光案内所で紹介してもらった、一番伝統のあるレストランに行くと・・・ 
壁におしゃれな絵がかかってたりして、装飾品も素敵で・・・

 こんな楽団(マリアッチ)が演奏しに来てくれたりして、チップなんか払ったりして。


で、注文して出てきたのが、こんな料理。
 
 鶏肉に「モレ」というソースがかかった、これもガイドブックに必ず載ってる名物料理。というか、「モレ」っていうソースが有名なんです。

 これは、チョコレートと唐辛子と玉ねぎやらトマトを原料にして作ったソース。マヤ文明からの伝統料理らしいのですが…味は… ま、人それぞれ感じ方があるから、一度どこかで試してはいかがかと思います。ま、店によっても味は様々らしいので、一概には言えませんが、あんまりやったなぁ…(何食べても美味しいと感じる私の感想)。慣れたら美味しいのかも…。


 で、これまた美味しいのがご当地ビール。この下の写真の「コロナ」は日本にもありますが、さすが本場。1本25ペソ(150円くらい)。スーパーで買ったらさらに半額。

 で、日本でも輸入した方がええんちゃうん?と思えるほど美味しかったのが、この「indio」という名のビール。

 ドラフトビールなんですけどね。色が少し黒いでしょ?まろやかでコクがあって美味しい(^-^)これも安くてレストランだとこのサイズで150円くらいですが、コンビニで買うと1.2Lで150円くらい。


 そして、メキシコと言ったらやっぱりテキーラ。でも、テキーラは若かりし日々の苦い思い出があり、匂いをかいだだけで吐き気がするので、雰囲気を楽しむために、可愛くテキーラベースの「マルガリータ」っていうカクテルを頼んで…

お酒はざっくりこんな感じ。

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まぁあと、魚介類も食べようと思えば食べることが出来て、こんなスープとか

日本食レストランもたくさんあるので、ここ3ヶ月ほど日本食らしい日本食を食べていなかったので、ベタににぎり寿司と天ぷらそばとか…
こういうものも、食べることが出来ました。※でも、日本食レストランは高かった…。
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 シリアの時も感じましたが、屋台の味(庶民の味)というか、街中で売られてて地元の人に人気のある食べものは、世界どこ行っても美味しいって感じられるなぁ~と、つくづく感じました。レストランで食べる料理もまぁそれなりに美味しいのですが、やはり、その土地の食文化を知るには、やはり屋台・露天の食べものが最高!


ということで、最終回「食べもの編」は終わり。
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エジプト旅行に行った時は、本当に「もう2度目は行きたくね~や」と思いましたが、メキシコは、とっても良いですよ(^-^)治安も心配していたほどじゃないし、街はきれいだし、食べものも美味しい。また行ってみたいな~と思える観光でした。

あと、「カンクン」っていうリゾート都市があって、ここもかなりいいらしいです。ま、もうこっち方面(中米・南米)に来ることは、一生の内で無いでしょうけど、行く機会が万が一あれば、行ってみたいなぁ・・・と思いました。
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 もう年末、年の瀬ですね。今年はスイミングスクールの小さい子どもたちを教えているせいもあり、なんと明日から新年3日までお休み!去年シリアにいた時は、新年元日しか休みがなかったので、今年はじっくりゆっくり羽を伸ばしたいと思います。

 今はクリスマスイベントで大盛り上がり。年明け、少しレポートできたらしたいと思います。

ではまた!!メリークリスマス!そして、良いお年を(^-^)